ヴォーヌ・ロマネ レ・ショーム 2009

メオ・カミュゼの歴史は、栽培農家であると同時に、コート・ドール県選出の代議士であったエティエンヌ・カミュゼに始まります。ちなみにクロ・ド・ヴージョ城はコンフレリー・デ・シュヴァリエ・デュ・タスヴァンに譲られるまで、カミュゼ家の所有でした。メオ・カミュゼのクロ・ド・ヴージョの畑が、城の周囲と真下という、もっとも素晴らしい位置を占めているのはそうした理由からです。

エティエンヌ・カミュゼの娘、マリア・ノワロには跡継ぎがなく、1959年、近親のジャン・メオにドメーヌを託して亡くなりました。ジャン・メオは当時、ド・ゴール政権の閣僚という要職にあり、直接、ドメーヌの管理をするわけにはいきません。畑は折半耕作の形で小作人に任せ、出来上がったワインは樽のままネゴシアンに売られていました。この時の小作人でドメーヌのワインを手がけていたのが、2006年に没したブルゴーニュの神様、アンリ・ジャイエです。

1980年代半ば、折半耕作の契約が切れると同時に、小作人たちも引退の時を迎えてメオ家の元にブドウ畑を返還。1985年から本格的にドメーヌ元詰めが始まりました。やがてパリにいたままでのドメーヌ経営が難しくなり、ブルゴーニュに赴くことになったのがジャンの息子、ジャン・ニコラ・メオです。1964年生まれ。商業学校でマーケティングを学び、銀行で研修を受けた、生粋のパリジャン。1989年、24歳にしてドメーヌを託されました。

表向き引退を宣言したアンリ・ジャイエも、ドメーヌのコンサルタントとして若きジャン・ニコラの指導にあたったといいます。

リシュブール、クロ・ド・ヴージョ、エシェゾー、3つのコルトン(従来からあるクロ・ロニェに、2010年ヴィンテージからペリエールとヴィーニュ・オー・サンが加わりました)といった特級畑。戦争直後にアンリ・ジャイエが開墾したヴォーヌ・ロマネ1級クロ・パラントゥー。宝石のようなクリマの数々をこのドメーヌは有しています。

ブドウ畑は大部分がビオロジック農法により栽培。醸造法はジャイエ譲りで、完全除梗のうえ15度の低温マセレーション。樽熟成における新樽率は、村名で50%、1級畑が60〜65%、特級が100%です。

ラ・ターシュ、マルコンソール、クロ・デ・レアに囲まれたレ・ショームは、多くの有名生産者が所有していますが、メオ・カミュゼは約2haの日当たりの良い東向きの区画を所有し、樹齢約40年から60年のブドウ樹が植えられています。

黒果実そのものかと思うほど風味に溢れ、良く熟したタンニン、適度な酸が程よいバランスで集中しており、まるでビロードのような滑らかな口当たりに仕上がっています。 また、長期熟成にも耐えるしっかりとしたポテンシャルが感じられますが、バランスの良い飲み口の為現時点でも早めに抜栓し、大ぶりのグラスを使えば、十分に楽しむ事が出来ます。

【ブドウ品種】 ピノ・ノワール
型番 BOUDMC-01(メオ・カミュゼ)
在庫状況 在庫 1
販売価格
39,000円(内税)
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